「さよなら」の日、三木鉄道

「さよなら」の日、三木鉄道


いまから数年前まで、兵庫県の真ん中に小さな鉄道がありました。
わずか8km、9駅の短い区間


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鉄道の名前は三木鉄道といいました。


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時代の生き証人のように
町や人々を見守ってきました。


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1916年から2008年3月まで
92年間の長い年月

沿線の発展とともに生き抜いてきました。


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単行の気動車が行ったり来たり

線路の横を行き交う自動車を横目に見ながら
空気だけを運び日もありました。


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今日は特別「さよなら」の日
開業の日以来の満員でしょうか。

毎日毎日がこんな日だったら
この日が来ることがなかったはずです。


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運転手さんも駅員さんも
いつもの日と同じように
たくさんの乗客にちょっと戸惑いながらも
安全運行

明日のことは…


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旅人が、ふと列車から降りたくなるような
旅情たっぷりの駅もありました。

いつの間にか
人がいない駅となってしまいました。


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92年の歴史のなかで沿線の風景は変わりました。
鉄道を取り巻く社会情勢も変わりました。

ひとの心も変わったのでしょうか…


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晴れていた空が
今にも泣きそうな雲行きに変わってきました。

なみだ、涙の「さよなら」の日です。

元東急の青カエルです

で、元東急5000系です。

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渋谷駅前(2009.12.26撮影)

おなじみハチ公前です。
いつもテレビで見ているのですが、撮ったのは初めてでした。

早起きしてホテルを出て人があふれる前に撮影しました。
渋谷の街はまだ眠っていました。

東横線の地下化以来、訪れたことはありませんが、
渋谷駅はどのように変わっているのでしょうか。


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岳南鉄道・富士岡駅(2003.1.30撮影)

富士山バックを撮ったついでに立ち寄りました。
すでに5000系は留置線に放置され解体待ち状態でした。

あれから貨物の運用もなくなりました。
地鉄に冬の時代が訪れています。


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松本電鉄・新村駅(2014.3.8撮影)

少し前までイベントなどで運行していたようです。
日中は車内見学ができるのでしょうか。
現役時代に来たかった!


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熊本電鉄・上熊本駅(2011.3.6撮影)

市電撮影のついでに立ち寄りました。
偶然にも5000系が発車直前でした。

熊電では現役のようなので再訪したいものです。

JR名松線、再開熱烈待望です

現在、運休中で名松線の続きです。

無くなってから気がつくことって、よくありませんか?

いつもように身近にあって
あることが当たり前になって
存在さえも意識をしなくなり
あるとき突然に気づいたりします。

もちろん鉄道のお話ですが、
家族もそんな存在なのかもしれません。

よくいえば空気のようなものなのかもしれませんが、
なくなってから気づいたのでは遅すぎます。

今晩は奥さんと子供と会話を楽しんでみましょうか。



JR名松線・伊勢奥津~伊勢竹原
2006年7月8日撮影

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終点の伊勢奥津はもうすぐです。


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終点、伊勢奥津駅のシンボルは「給水塔」です。
駅舎は建て替えられましたが、
給水塔はそのまま残されています。
いつかC11が入線しないかなあ~

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盲腸線の終着駅
JR線ではほとんど見かけなくなりました。


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美しい渓谷に沿って線路が続いています。
この川が大暴れするとは!


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線路も流されたようですが、どんな状況なのでしょうか。
復旧の見込みはあるのでしょうか。

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奈良から1時間あまり自動車で走れば、こんな景色が堪能できます。
素晴らしい撮影路線だったのですが。

JR名松線、バス代用が続きます

松阪と伊勢奥津を結ぶ名松線の家城~伊勢奥津が不通となって数年が過ぎました。

平成21年10月の台風18号による被災までは、
非電化の盲腸線として乗り鉄、撮り鉄に人気のローカル線でした。

現在は代行バスが運行されていますが、
鉄道再開のめどはあるのでしょうか。

このまま廃線となるのでしょうか。

今の状況を見てみたいと思う一方、
見るのが怖い気分です。

元気なころの名松線のキハです。


JR名松線・伊勢竹原~伊勢奥津
2006年7月8日撮影

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山は緑、
田んぼも緑
人工物は鉄道だけ
自然豊かな路線です。


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比津駅
無人の駅に単行キハが到着です。
乗降客もなく過ぎ去ってゆきました。


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こんなに単行列車が似合う路線は少ないです。
盲腸線、非電化、単線、無人駅
とローカル線のすべてがありました。


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山の中から、
だんだんと人の気配のする町へ
たとえ乗客が少なくても人があっての鉄道です。


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単行のキハが愛おしくなります。
まるで模型の世界です。


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長い鉄橋も渡ります。
フェンスも手すりもないガーター橋です。

昔むかしの京都市電です

広島遠征の計画を考えながら
京都市電の写真を引っ張り出してみました。

1970年ころの京都市電です。

初めての一眼レフカメラのペトリと50mmレンズ
モノクロフィルムのネオパンSS
で自宅の近くを自転車で撮りまわっていました。

高度経済成長の時代、
なにもかも、あっという間のスピードで変わっていった時代。
気がつくと周りの景色も変わっていました。

もっと撮っておけばよかった!
と後悔するのはいつの時代も同じですが。

それにしても、同じ形と同じ色で広島で走っているのは奇跡です。


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【国鉄】山陰線と京都市電の立体交差です。
このころは、C57もD51もDD54もDF50も健在でした。
夢のような時代でした。


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ひっきりなしに市電が走っていました。
自動車が貴重な時代、市電は市民の貴重な足でした。


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スバル360、「てんとうむし」です。
自動車もキャラクター豊かな時代です。
鉄道は撮っていても自動車だけを撮った写真は残っていませんでした。


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ビルのない街です。
見上げると
あたりまえのように空を見ることができました。


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府庁前の風景は今でもあまり変わっていません。
もちろん市電は走っていませんが。


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広島市電で残っている車番は1900番台です。
京都市電は何両あったのでしょうか。
近所の壬生車庫にはたくさんの市電があったように記憶しています。
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奈良在住の撮り鉄&チャリ鉄です。88(ハチハチ:だいたいとか、よい加減とかの意味)気分で、撮影日記を中心に(できるだけ)毎日更新しています。

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